上品な家事代行
女性の情報力を活かしていくべきだ。
私がこんなふうにいうと、会社で人事を担当している人から、たいてい「それは評論家の意見で、女性の使い方は難しい」とかわいた答えが返ってくる。
しごく当たり前じゃないか。
考えてもみて欲しい。
組織の中での男の使い方のノウハウは、江戸時代の武士社会に加えて、明治以来の軍隊の伝統がある。
何百年の歴史をもっているのである。
日本の企業は男性優位社会である。
会社の中で男と女のコミュニケーションが本格的に始まったのは80年代後半に入ってからのことに過ぎない。
だから、ノウハウなんてあるわけがない。
これでは、使い方がわからないのも当然である。
そんなに簡単にできるはずもなく、一時期の女性活用ブームに表面的に乗せられてすぐ効果が出ると思うのが大きな間違いである。
とにかく、時間をかけて慣れていくしかない。
あるいは女性の使い方の上手な会社へ見学にいって、何かヒントになるものを学んでくればよい。
そう考えれば、べつに難しいことでも何でもない。
女性社員は腰掛けのつもりだから使いにくいという人もいる。
しかし、戦前は男性社員にも腰掛けが多かった。
ひとつの会社に骨を埋めるという発想は、男性にとっても戦後から高度成長期を経た会社人間のことに過ぎない。
この点、私は8年前に会社を辞めてつくづくハッピーだったと思う。
おかげでおじさん特有のコンピューターコンプレックスから何とか逃げることができたし、女性の使い方にまともに取り組まなくても済んだ。
しかしこれからの時代のサラリーマンはこの2つの問題を避けて通ることはできない。
コンピュータ革命は、さらに進んでいく。
そして、情報化社会で女性の持っている圧倒的な情報力を活用しなければならない。
これは大きな問題である。
女性の時代が来たからといって、女性だけのチームをつくって、女性らしい商品を開発しよう、という動きが80年代のはじめから見られたが、これは端境期の現象だと思う。
たとえば、女性だけの開発チームがつくる女性らしい車に、誰が乗るのかというと、誰も乗らない。
男性も女性もごちゃまぜにして商品開発をして、顧客が満足する車をつくって行く。
いまはそういう時期にきている。
能力は男女差よりも、むしろ個人差である。
能力を男女差ではなく個人差で認める度量が上司には求められている。
現にいまの20代は、嫁さんの収入の方が多くても亭主はべつに悲しまない。
女性に負けることを悔しく思うのは団塊の世代までのことだ。
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